【蕪村菴俳諧帖53】鳴かぬ螢に思いを託す

◆愛でる東洋 忌む西洋

狼男が徘徊するのは満月の夜。
狼になるのは男に限らないそうですが、 変身するには月の光を浴びるのだといいます。

漫画などでは魔女が月を背景に飛ぶ図像をよく見かけます。
魔女には月が似合うのでしょうか。

月の女神「ルナ(luna)」に由来する 英語の「ルナティック(lunatic)」は「狂人」を意味する言葉。
フランス語の「リュネール(lunaire)」は 「気がふれた/狂気の」という意味でも使われます。

ヨーロッパには月を見つめると気がふれるという言い伝えがあり、 上記のような月を語源とする言葉や伝承はそれを裏付けています。
月は忌むべきものという考えが定着していたのでしょう。

しかし日本にはこういう子守歌があります。

○世間おそろし 闇夜はこわい 親と月夜は いつもよい

忌むどころか月夜を喜んでいます。
親が世間から子どもを守ってくれるように、 月は闇夜の恐怖を除いてくれるのです。

日本に限らず、古来東洋の人々は月を愛(め)で、 詩人や歌人は月を眺めては詩や歌を詠んできました。


◆やさしいお月さま

理由はわかりませんが、 わたしたちの月は昔からやさしかったようで

○三日月は ちよつと咲うて入にけり 露川

沈んでいく月が笑った(「咲う」は「笑う」に同じ)というのです。
沈む直前の月は笑っている口に見えませんか。
露川(ろせん)の代表作のひとつです。

○中なかに ひとりあればぞ月を友 蕪村

「なかなかに」は「むしろ/いっそのこと」の意。
月をともに楽しむ友人を「月の友」と呼びますが、 独りでいれば月を友にできるではないかと。
蕪村は几董(きとう)宛の書簡にこの句を引き、 そのほうが月を楽しめると記しています。

○こがらしに 二日の月の吹きちるか  荷兮

二日月は三日月より細く、三日月より早く沈みます。
それを凩(こがらし)が吹き散らすと見たのです。
荷兮(かけい)はこの句が評判になったため、 「凩の荷兮」と呼ばれるようになりました。

○夏の月 蚊を疵にして五百両  其角

「春宵一刻価千金」といいますが、夏の月夜はその半額だと。
その理由は蚊に刺されるのが玉に疵(きず)だから。
そんなことを言いながら、其角(きかく)は夏の月を楽しんでいます。

わたしたちの祖先が四季を問わず 月を見上げて愛でてきたことのうかがえる句ばかりです。

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