【蕪村菴俳諧帖43】ゲゲゲの客人
◆花を観るなら泊りがけ
北越の出身で名古屋で活動していた 越智越人(おちえつじん:1655-1736?)に こういう不思議な句があります。
○下々の下の客といはれん 花の宿
ゲゲのゲ。漫画の主人公が出てきそうですが、
これは最低のさらに下という意味で、
俳諧の祖、山崎宗鑑の有名なエピソードを踏まえたもの。
宗鑑が晩年に結んだ庵の入口に額が掛けてあり、
次のような三箇条が書いてあったといわれています。
一、上の客立がへり
一、中の客日がへり
一、とまる客下の下
最高のお客はすぐ帰る、中くらいの客はその日のうちに帰る、
泊まっていく客は下の下だと。
こんなことを書いて入口に掛けておいたとは宗鑑恐るべし、ですが、
これも宗鑑お得意のウケ狙いだったのでしょう。
越人は「下の下」のさらに下と言われてもよい、
幾晩でも泊まって花を満喫したいというのです。
大先輩のユーモアをうまく引用して花を称賛する、
まさに技ありの一句。
◆花のほめ方あれこれ
同じ花の句でも、西行を意識したこの句は だいぶおもむきがちがいます。
○花にうづもれて 夢より直に死なん哉
夢を見ている状態から直接、
目覚めることなく死んでしまいたい。
夢かと思うような素晴らしい花に、作者は酔いしれているようです。
死にたい気持があったわけではなく、
西行の歌「花の下にて春死なん」を活かして、
このまま死んでもよいと思えるほどの花を賛美したのです。
もう一つ、
花を賛美した句を見てみましょう。
○撫子や 蒔絵書く人をうらむらん
撫子(なでしこ)は蒔絵師(まきえし)に不満を持っているだろうと。
それは自分の美しさを十分に表現してくれないから。
蒔絵は日本の誇る素晴らしい伝統工芸ですが、撫子は
その蒔絵でさえ再現できないほどの美しさだというのです。
じつはこの句は『枕草子』を意識したもの。
清少納言は「絵にかきおとりするもの」として、
「なでしこ、菖蒲、桜、物語にめでたしといひたる男、女のかたち」
というふうに列挙していました。
越人は芭蕉の弟子として『更科紀行』の旅に随伴しており、
その作品には上品で知的なものが目立ちます。
ただ残念ながら、最晩年の活動はよくわかっていないようです。