【蕪村菴俳諧帖16】下から読んでも
◆正月の縁起物
江戸時代、よい初夢を見るために
枕の下に宝船の絵を敷いて寝る風習がありました。
米俵、千両箱、松竹梅、扇子(末広がり)など
縁起のよいものをたくさん積み込んだ宝船の絵は、
初詣の社寺で配られたり、
宝船売りが町中を売り歩いたりしていたそうです。
最初は宝船だけだったのが、
いつしか七福神まで乗客にしてめでたさを増量。
さらにはこういう歌を書き込んだものが現われました。
○なかきよの とおのねふりの みなめさめ
○なみのりふねの おとのよきかな
上から読んでも下から読んでも同じ、つまり回文(かいぶん)です。
漢字を使うと「長き夜の遠の睡(ねむ)りの皆目醒(めざ)め
波乗り船の音の良きかな」となります。
意味は、長い冬の夜の長い眠りからすべてが目覚め、 波に乗る船の進む音が心地よい、といったところでしょうか。
どこがめでたいのでしょう。
回文だから終わりがないというのか、それとも 宝船の夢を見て目覚めるからなのか。
◆江戸俳人の回文
こういう言葉遊びは俳諧師が得意そうです。
しかし五七五におさめるのはむずかしいと見え、
どちらさまも無理やり作ったものばかり。
そんな中、
江戸初期のふたりの俳人に巧みな作品がありました。
まず野々口立圃(ののぐちりゅうほ:1595-1669)の句。
○とび梅と共に世にもと とめむ人(立圃)
○追ひくだす淀川かどよ すだく氷魚(立圃)
「飛び梅」の五音で菅原道真がすぐ連想されます。
梅とともにこの世に留まって欲しかったと、
その過酷な運命に思いをはせた一句。
次の句。
「かど」は曲がっているところ、「すだく」は集まること。
冬の季語「氷魚(ひお)」を入れて淀川の漁猟風景を歌っています。
どちらも無理がなく、句として見事に完成していますね。
立圃と同時代の松江重頼(まつえしげより:1602-1680)も
負けず劣らず巧みです。
○池の皆 鴨か真鴨か 波の景(重頼)
○葉の筋はしら糸しらじ 蓮の葉(重頼)
最初の句。
池を埋めつくしそうな水鳥たちは鴨なのか真鴨なのか、
水面に波を立てて泳ぎまわっています。
鳴き声の騒がしさまで聞えてきそう。
次の句。
蓮(はちす)の葉の葉脈を白糸に見立て、
「しら」と「じ」の繰り返しでリズミカルにまとめています。
ほかの人の句では
○長月を 清見にみよき興津かな(常久)
駿河の清見(きよみ)は関所のあるところで、月の名所。
眼下に興津(おきつ)の漁村を望むことができました。
二つの地名が無理なく詠みこまれています。
最後にこの季節にふさわしい句を。
○家にけさ屠蘇酒さぞと 酒に酔い(作者不知)
○寒さのみ寒さや寒さ 身の寒さ(作者不知)