【蕪村菴俳諧帖10】女の視線
◆玉藻集の俳人たち
前回につづいて蕪村編『俳諧玉藻集』から。
今回は主に女性らしさを感じさせる句を拾い出してみましょう。
○鴬や 手元休めむ流しもと(智月)
○春の野に 心ある人の素顔哉(園女)
鴬の句。台所でうぐいすの声に気がついて
炊事の手を休めて聴き入ったのです。
水仕事は冷たくてつらい季節、
うぐいすが春の訪れを告げてくれました。
春の野に。清々しい自然の中では化粧が似合わない。
素顔のままで野に遊ぶ女性を見て、
風流を解する人、わきまえのある人だと感心したのですね。
女性ならではの着眼でしょう。
ちなみに智月(ちげつ)と園女(そのめ)は
『玉藻集』では句数最多を競う二大俳人です。
○雛立てゝ局になるや 娘の子(りん)
○幾年も変らぬものや 雛の髪(松吟)
ひな祭りの二句。
人形をならべてお局(つぼね)さまを気どる幼女と
人形の髪の美しさをうらやむ老尼。
○夕立や いとしい時と憎い時(しづか) ○櫛さすに 力なきこそ薄なれ (長門
いとしいのはやらずの雨。
雨が止むまで男をとどめてくれるから。
でも雨だからといって会いに来ないこともあるわけで。
薄(すすき)の句。秋の風情を楽しもうと、髪に薄を挿してみた。
美しいと思った薄の穂は力なく垂れてしまう。
でもそれが薄というものなのだと。
しづかと長門はともに遊女です。
それを知って読むと、苦界に沈む女たちの境遇がしのばれます。
○大原女や 野分に向ふ抱帯(園女)
○曉を 引板屋にかはる妻も哉(秋色)
園女の句。抱帯(かかえおび)は前帯のこと。
江戸時代、帯の幅が広くなって後ろ結びが定着しますが、
主婦は細めの帯の前結びが一般的でした。
ここに描かれているのは、働く主婦である大原女が
秋の強風に立ち向かうように商いに行く姿です。
秋色(しゅうしき)の句も働く主婦。
引板屋(ひたや)の引板は鳴子(なるこ)のことで、
収穫期の田を鳥獣から守るために一日中引板屋にこもり、
鳴子の紐を引きつづけるのです。
明け方、寝ずの番をしていた夫と交替するために
家から妻がやってきたのです。
最後にユーモラスなところを。
○花ちりぬ 是を名づけて姥桜(尚白母)
○白鷺の 鳴かずば雪の一丸げ(光貞妻)
姥(うば)には歯がない=葉がないから
葉の出るより先に花の咲く桜を姥桜(うばざくら)というのだとか。
花(華)もなく葉(歯)もないわたしも姥桜だよと?
白鷺の句。一面の雪景色の中では、
白鷺は丸めた雪にしか見えないでしょう。
その雪まろげが一声鳴いたときの驚きから
この句が生まれたのかも知れません。