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  【蕪村浪漫3】 さみだれ
 

 

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◎五月雨は田植え時
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俳句で五月雨(さみだれ)といえば、松尾芭蕉の

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○五月雨を あつめて早し最上川
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が有名です。『おくのほそ道』には

 最上川は陸奥より出でて山形を水上とす。
 碁点・隼などいふ恐ろしき難所あり。
 板敷山の北を流れて果ては酒田の海に入る。
 左右山覆い茂みの中に船を下す。
 これに稲積みたるをや稲船といふならし。
 白糸の滝は青葉の隙々(ひまひま)に落ちて仙人堂岸に臨みて立つ。
 水みなぎつて舟危ふし

と記してあります。急流は五月雨によって水かさが増しており、
恐ろしい顔を見せていたのです。

正岡子規は随筆『仰臥漫録(ぎょうがまんろく)』のなかで、
この句は「たくみがあって甚だ面白くない」といい

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○さみだれや 大河を前に家二軒
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という与謝蕪村の句を「はるかに進歩している」と評しています。
子規は写生を重視していましたから、
蕪村の「画家の目」は理想的なものだったのでしょう。

芭蕉が面白くないとは思いませんが、
見たままを切り取った蕪村、
それが読む人の想像力に訴えかけ、余情を生み出す。
名句です。

ところで、五月雨は五月の雨と書きますが、
実際は旧暦五月の雨、つまり梅雨時の雨のことです。
早乙女(さおとめ)は五月女とも書き、
五月雨の降る季節に田植えをする女性のこと。
おとめといっても少女とは限りません。

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○早乙女や 子の泣く方へ植ゑていく(棄捨)
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『おらが春』にあるこの句では子持ちの女性。
泣いている我が子のほうへ苗を植えていくというのです。

蕪村の田植えはどうだったでしょう。

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○見わたせば 蒼生よ田植時
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むずかしいですね。「蒼生」は「あおひとくさ」と読みます。
「民草(たみくさ)」と同じで、人々を草にたとえたもの。
一般的な言葉ではありませんが、
蕪村はこういう古い言葉や漢語をよく使いました。

意味がわかると、はるかに広がる水田に
たくさんの人々が田植えをしているさまが見えてきます。
空間の広がりを感じさせるのが蕪村らしいところです。

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◎雨期の川越
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稲作の国になくてはならない雨ですが、
旅人にとってはやっかいなものでした。
蕪村はこういう句も詠んでいます。

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○さみだれや 名もなき川のおそろしき

○さみだれの 大井越たるかしこさよ
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越すに越されぬ大井川といわれた、駿河の国の大井川。
東海道の難所として知られた大河です。

橋の架けられていない時代、
旅人は人足の肩車に乗ったり
馬や輿に乗って川越(かわごし)しました。
だからちょっとの増水でも越えられなくなってしまったのです。

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○みじか夜や 二尺落ちゆく大井川
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「みじか夜」は夏の季語。夏の短い夜が明ける間に
大井川の水位が二尺(約60cm)も下がっていた。
下がるのも上がるのも短時間だったでしょう。

運が悪ければ宿に何泊もすることになったので、
五月雨の季節にうまく渡れれば「かしこし」というわけ。
芭蕉にもこういう句がありました。

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○五月雨の 雲吹き落せ大井川
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◎田毎の月
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ここで冗談好きの蕪村らしい句を。

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○湖へ 富士をもどすやさつき雨
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よほどしつこく降ったのでしょう。それにしても
富士山が流されて琵琶湖が埋まってしまいそうだとは大袈裟です。

実は孝霊天皇の時代に近江の国の大地が裂けて湖となり、
時を同じくして駿河に富士山が現われたという伝説があるのです。

ほかにダイダラボッチ(伝説上の巨人)が土を掘って富士山を作り、
掘った穴に水が溜まったのが琵琶湖だという話もあります。

蕪村がそれらを信じていたはずもないので、
これはジョークなのでしょう。

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○さつき雨 田毎の闇となりにけり
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これもジョーク。
信州姨捨(おばすて)の棚田は、
不揃いな田んぼの一枚一枚に月が映るというので
「田毎の月(たごとのつき)」と呼ばれます。

何枚もの田にひとつの月が同時に映るのは論理的にも無理ですが、
芭蕉も一茶も月の名所として題材にしています。
蕪村は雨で真っ暗なときは「田毎の闇」だろうと戯れています。

真面目な句はないのかというと

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○帰る雁 田ごとの月の曇る夜に
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これは風流な情景ですね。
ちなみに「帰る雁」は春の季語。
昔から北へ向かう雁の鳴き声は、
悲哀を誘うものとして詩や歌に詠まれてきました。

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◎蕪村の最上川
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若き日に芭蕉の足跡をたどって旅をしていた蕪村、
最上川も訪れて句を詠んでいます。

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○毛見の衆の 舟さし下せ最上川
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秋の季語である「毛見」は「閲・検見」で、
「けみのしゅう」は米の収穫前に出来高を検分する役人たちのこと。
当時は今のような自己申告ではなくて、
お役人が査定して年貢の額を決めていました。
蕪村は農民の側から見ていたようですね。

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○新米の 坂田は早しもがみ河
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「坂田」は最上川河口の町、酒田。
江戸初期から庄内米の積み出し港として発展していました。
芭蕉が『おくのほそ道』に書いたように、
稲船(いなぶね)が最上川を下って酒田港に稲を運んだのです。

この句は「早し」以降が芭蕉の句とまったく同じ。
蕪村のユーモア精神が感じられます。

最後に蕪村に梅雨明け宣言してもらいましょう。

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○明けやすき 夜や稲妻の鞘ばしり
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刀を鞘(さや)から抜いた瞬間、きらりと光りますね。
そのようすを稲妻にたとえたのが「鞘ばしり」です。
雷が鳴れば梅雨は終わり。
しまっておいた節分の豆を食べると、
暑い夏がやってきます。



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