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  【蕪村菴俳諧帖3】 俳諧のルーツ
 

 

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◆俳諧は滑稽が身上?
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俳諧の「俳」という文字は戯れを意味します。
もとは二人の人物がかけ合いの芸をするさまを表した文字だったとか。
「諧」は諧謔の「諧」で、「やわらげる」という意味、
あるいは「戯れる」という意味があります。

古く中国の詩に俳諧という用語があり、
機知に富む言葉を即興的に連ねていくものを指していたといいます。

日本で俳諧というと『古今集』の〈誹諧哥〉が思い浮かびますが、
ユーモラスな歌なら『万葉集』にすでに載っています。

我が背子が犢鼻(たふさぎ)にする円石(つぶれいし)の
吉野の山に氷魚そ懸(さが)れる
(万葉集 巻第十六 大舎人安倍朝臣子祖父)

犢鼻は褌(ふんどし)のこと。丸い石を褌にはできないし、
吉野の山に氷魚(鮎の稚魚)を掛けるのも無理ですね。

この歌は舎人親王(天武天皇第三皇子)が
ナンセンスな歌を作る人がいたら褒美をやるぞというのに応えて、
安倍子祖父(こおぢ)という人が作って献上したもの。
作者は銭二千文をゲットしたそうです。

次に大伴家持(おおとものやかもち)の二首。
こちらは高校で教わった人がいるかも知れません。

石麻呂に我物申す 夏痩せによしといふものぞ むなぎ取りめせ

痩す痩すも生けらばあらむを はたやはたむなぎを取ると川に流るな
(万葉集 巻第十六 大伴宿祢家持)

石麻呂という痩せた老人をからかった歌です。
むなぎ(=うなぎの古名)を食べよといったり、
川に流されるな、痩せていても生きていたほうがましだといったり、
好き放題にいじっています。

家持のような愉快な内容の歌を戯笑歌(ぎしょうか)といい、
ナンセンスな歌は無心所著歌(むしんしょぢゃくか)と呼んで、
事典類でははっきり区別しています。
いずれにしても、昔から冗談好きは少なくなかったようです。

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◆とへどこたへず
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俳諧という言葉が使われた最も古い例とされる『古今集』、
その〈誹諧哥〉の最初にあるのがこの歌です。

梅の花見にこそ来つれ 鴬のひとくひとくと厭ひしも居る
(古今集 雑 よみ人知らず)

梅の花を見に来た(恋人に逢いに来た)のだけれど
うぐいす(男)が人が来る人が来ると嫌がっているよ

百人一首でおなじみ素性(そせい)法師の歌もあります。

山吹の花色衣ぬしやたれ とへどこたへずくちなしにして
(古今集 雑 素性法師)

山吹色の衣の持ち主は誰かと聞いたけれど、返事がない。
それもそのはずだったよ、くちなし(口無し)色だからなぁと、
古典落語のようなノリで遊んでいます。

このような俳諧歌はとくに流行することもなく、
しばらくは細々とつづいていきました。
しかしこの流れがのちに連歌、狂歌、
そして俳諧を産んでいくことになります。


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